はじめに
建物の安全性を確保するうえで、防火区画は欠かせない概念です。その中でも「竪穴区画」は、火災時に炎や煙が上下階へ急速に広がることを防ぐために設けられる、特に重要な区画の一つです。階段や吹き抜け、エレベーターシャフトといった上下階をつなぐ縦方向の空間は、火災発生時に煙突のような役割を果たし、煙や炎があっという間に建物全体へ拡散してしまう危険があります。
本記事では、竪穴区画の基本的な定義から始まり、適用対象となる建築物の要件、具体的な区画方法、そして緩和・免除条件まで、わかりやすく詳しく解説します。建築実務に携わる方はもちろん、これから建物を建てる・リノベーションする方にとっても、竪穴区画の知識は安全な建物づくりの基盤となります。ぜひ最後までお読みいただき、理解を深めてください。
竪穴区画の基本と対象建築物

竪穴区画を正しく理解するためには、まずその定義と、どのような建築物に適用されるかを把握することが重要です。建築基準法施行令第112条の第11項から第15項にわたって規定されており、法律上の根拠をしっかりと押さえることが、実務での正確な対応につながります。ここでは竪穴区画の基本的な考え方と、適用対象となる建築物の条件について詳しく見ていきましょう。
竪穴区画の定義と目的
竪穴区画とは、建築物内で複数の階をつなぐ縦方向の空間(竪穴部分)とその他の部分を、準耐火構造の床・壁や防火設備によって区切る措置を指します。建築基準法施行令第112条に規定されており、防火区画の一種として位置付けられています。煙は鉛直方向への移動速度が非常に速く、上下階と繋がった空間では瞬く間に建物全体へ広がってしまうため、竪穴区画によって煙をその階に留めることが求められます。
竪穴区画の目的は、火災発生時の炎と煙の拡散を最小限に抑え、居住者が安全に避難できる時間を確保することにあります。特に高層建築物や地下に居室がある建物では、竪穴を通じた急速な延焼が人命に直結する危険をもたらすため、この区画は建物全体の安全設計において非常に重要な役割を果たします。
竪穴部分の具体的な範囲
竪穴区画の対象となる「竪穴部分」には、さまざまな種類があります。以下にその主な例を示します。
- 吹き抜けとなっている部分
- 屋内・屋外を問わず階段の部分
- エレベーターシャフト(昇降機の昇降路)
- ダクトスペースの部分
- 長屋または共同住宅の住戸でその階数が2以上のもの(メゾネット住戸)
- その他これらに類する複数の階をつなぐ縦方向の空間
これらの空間は、いずれも火災時に炎や煙の通り道となり得るものです。特に注意が必要なのは、屋外階段であっても竪穴部分として扱われる点です。また、複数の竪穴部分が隣接している場合や、用途上区画することが困難な場合は、それらを同一の竪穴区画とみなして一体的に区画することが認められています。
竪穴区画が必要となる建築物の条件
竪穴区画が必要となる建築物は、大きく以下の3つのパターンに分類されます。
| パターン | 条件 |
|---|---|
| ① | 主要構造部を準耐火構造または耐火構造にした建築物で、地階または3階以上に居室がある場合 |
| ② | 3階を病院・児童福祉施設などの用途に供する3階建て・延べ面積200㎡未満の建築物 |
| ③ | 3階をホテル・共同住宅などの用途に供する3階建て・延べ面積200㎡未満の建築物 |
なお、ロ準耐火建築物(主要構造部を準耐火構造にしていない建築物)については竪穴区画が不要となります。また、任意で主要構造部を準耐火構造に構造化した場合でも、竪穴区画の設置は必須となりますので注意が必要です。特に③のパターンは、2019年の規制緩和によって設けられた規定であり、小規模な特殊建築物の用途転用(例:一般住宅を旅館・ホテルとして活用する場合など)を促進しつつ、利用者の安全を確保するための措置として導入されました。
竪穴区画の具体的な構造と施工方法

竪穴区画が必要と判断されたら、次に重要となるのはその具体的な構造と施工の方法です。どのような材料・設備を用いるか、また配管やダクトが区画を貫通する場合はどのように処理するかなど、実務上のポイントを正確に把握しておくことが求められます。ここでは区画に使用する構造・設備の基準と、貫通部の処理方法、さらにスパンドレル対策について詳しく解説します。
区画に使用する壁・床・防火設備の基準
竪穴区画を形成するためには、準耐火構造の壁および床を用いて竪穴部分とその他の部分を区切ることが基本です。さらに、区画に設ける開口部(ドア、窓など)には、遮煙性能を持つ防火設備を設置しなければなりません。これにより、火災時に煙が竪穴を通じて他の階へ広がることを物理的に遮断します。
防火設備の種類としては、以下の2つの方式が認められています。
- 常時閉鎖式:常に閉じた状態を保ち、人が通過するたびに手動で開閉する方式
- 随時閉鎖式:煙感知器と連動して、火災時に自動的に閉鎖する方式
なお、3階建て・延べ面積200㎡未満の小規模な特殊建築物(ホテル・旅館等)の場合は、区画方法として間仕切壁または戸での区画が認められており、高い耐火性能は求められません。一定の厚みを持つ壁や戸であれば基準を満たすとされており、既存の一戸建て住宅を旅館や民泊として活用する際の工事としても現実的な対応が可能です。
配管・ダクトの貫通部処理
竪穴区画には、設備配管やダクトが貫通することが多くあります。この場合、貫通部分を適切に処理しないと、区画の防火性能が損なわれてしまいます。建築基準法施行令第112条では、貫通部の処理について以下のように定めています。
- 管と防火区画との隙間をモルタルなどの不燃材料で埋めること
- 貫通部分の両端から1m以内にある管を不燃材料で造ること
- 管の外径が告示で定める数値未満であること
- 国土交通省の認定を受けた工法・材料を使用すること
これらの条件のいずれかを満たすことで、配管やダクトの貫通部分における防火性能を確保することができます。実務においては、国土交通省認定の防火区画貫通部材(ファイヤーストップ材など)を使用するケースが多く、施工の際には認定書の確認が欠かせません。貫通部の処理を怠ると、せっかく設けた竪穴区画が形骸化してしまうため、細部まで徹底した施工管理が求められます。
スパンドレル対策と外壁の処理
竪穴区画を計画する際には、スパンドレル(区画と交差する外壁部分)の対策も重要なポイントです。竪穴区画とぶつかる外壁については、以下のいずれかの措置を講じる必要があります。
- 外壁の90cm以上を準耐火構造とする
- 50cm以上突出した準耐火構造の庇を設ける
- 外壁の開口部がある場合は防火設備とする
スパンドレル対策を怠ると、外壁面を通じて上下階へ炎が回り込む危険があります。特に吹き抜けや階段の周辺では、外部からの延焼ルートが生まれやすいため、設計段階から外壁との取り合いを慎重に検討することが求められます。建築士や設計者は、区画内部の仕様だけでなく、外壁との連続性についても法令の要件を満たす設計を行うことが重要です。
竪穴区画の緩和・免除条件と実務上の注意点

竪穴区画はすべての建築物に一律に適用されるわけではなく、一定の条件を満たす場合には緩和または免除が認められています。これらの緩和規定を正しく活用することで、設計の自由度を高めつつ、必要な安全性を確保することが可能です。ここでは主要な緩和・免除条件と、実務上で特に注意すべきポイントについて詳しく解説します。
主な緩和・免除条件の一覧
竪穴区画の緩和・免除条件は複数存在し、建物の規模・用途・構造によって適用できるものが異なります。以下の表に主な条件をまとめます。
| 緩和・免除条件 | 内容 |
|---|---|
| 準耐火建築物・準延焼防止建築物への移行 | 建物を準耐火建築物または準延焼防止建築物とすることで免除される場合がある |
| 居室の設置回避 | 地階または3階以上に居室を設けない場合は竪穴区画が不要 |
| 開放廊下への接続 | 直接外気に開放されている廊下やバルコニーに接続する場合は区画不要 |
| 一層のみの吹き抜け(不燃材料仕上げ) | 避難階の直上階・直下階のみに通ずる吹き抜けで、壁・天井の仕上げと下地を不燃材料とした場合は免除 |
| 小規模住宅・長屋・共同住宅 | 階数が3以下かつ延べ面積200㎡以内の住宅・長屋・共同住宅の竪穴部分は免除 |
| 特殊用途(劇場・工場等) | 劇場、映画館、体育館、工場などで用途上やむを得ない場合は不要 |
| 一時間準耐火基準の区画部分 | 階段室・昇降機の昇降路など一時間準耐火基準に適合する構造で区画された部分は除外 |
これらの緩和条件は、建物の用途や規模に応じて柔軟に適用されるものです。ただし、それぞれの条件が細かく規定されているため、設計段階で確認漏れが起きないよう、建築士や専門家とともに十分な検討を行うことが大切です。
スプリンクラー設備との組み合わせによる緩和
スプリンクラー設備などの消火設備を設置している場合、防火設備に代えて「10分間防火設備」での区画が可能となるケースがあります。これは火災の初期段階での鎮火を想定した緩和措置であり、スプリンクラーが早期に作動することで、高い耐火性能の設備がなくても安全性を担保できるとの考え方に基づいています。
ただし、スプリンクラー設備による緩和は、設備の種類・設置範囲・建物用途などの条件によって適用可否が異なります。設計段階でスプリンクラーの設置を前提とした緩和を計画する場合は、消防法との整合性も含めて、行政や専門家への事前確認が必須です。緩和措置を適切に活用することで、コスト削減と安全性確保の両立が図れますが、誤った解釈による法令違反には十分注意してください。
実際の竪穴区画処理工事の方法と費用感
竪穴区画処理工事には、大きく2つのアプローチがあります。第一の方法は、階段の入り口にドアを設置してリビングなどの居室と階段室を分離する方法です。この工法により、火災時に煙が階段を通じて上層階へ充満することを防ぎます。工事規模が比較的小さいため、費用の目安は約20万円前後とされています。
第二の方法は、壁を新設して廊下を確保することで、上下階の移動ルートを火災現場を通らずに済む動線に整備する方法です。こちらは工事範囲が広くなるため、費用の目安は約40万円前後となります。どちらの方法も、消防の立会い検査を経て適切な防火対策として認められます。既存の住宅を民泊や旅館として活用する際に竪穴区画処理が求められるケースが増えており、用途変更前に必要な工事内容と費用をしっかりと把握しておくことが重要です。
まとめ
竪穴区画は、建築物の火災安全において極めて重要な役割を担う防火区画です。階段・吹き抜け・エレベーターシャフトなどの縦方向の空間は、火災時に炎と煙の急速な拡散経路となるため、適切な区画によってその被害を最小限に抑えることが求められます。建築基準法施行令第112条に基づき、対象建築物・区画方法・緩和条件を正確に把握したうえで、安全で法令に適合した建物づくりを進めることが大切です。
設計・施工・リノベーションのいずれの場面においても、竪穴区画に関する知識は欠かせません。本記事が、竪穴区画の理解を深め、安心・安全な建築実践の一助となれば幸いです。具体的な計画に際しては、建築士や専門家への相談も積極的に活用してください。

